Archive for May, 2010

ワッキーリグ特集 (2010-5-30)

最近のバスマスターマガジンは日本の特集の記事を載せたり、ヨーロッパの釣りの話などで、大分国際的になってきている。 今回もフィネスリグとしてのワッキーリグ特集記事が載っていた。  毎号50万部以上配達されるこのマガジン記事のフロントに来ているのは、ジャッカルフリックシェイク。 アメリカでも大爆発のこのリグはエリートプロの間でも大好評で、名前こそは載せれないが大抵の大物プロも試合で使っている。 ウェイインで並んでいる時や、プラクティスで会った時には’フリックシェイク持ってないか?’とよく聞かれる。 このウェイト付きワッキーリグはアメリカでもほぼ定着した感があり、これからの記事はどのようなタイプがあるかを細かく書く内容が増えてくるだろう。 

バスクラブミーティング (2010-5-28)

昨日はアラバマのバスクラブミーティングに招待されて行ってきた。  セミナーで多かった質問は、ポストスポーンで口を使わなくなったバスをどうやって釣るか? それと、先週のバスマスターエリート戦はどうやって釣ったのか? みなさんタフだったトーナメントだと知っていて、フリックシェイクは使ったのかなどの質問があり、楽しく会話ができた。 それにしても面白いのが、アメリカ人のフィネスと日本人のフィネスの感覚の違い。 彼らアメリカ人からしたら、8ポンドでも十分なフィネスであり、’8ポンドまでラインを落とさなくちゃいけないのか!?’などとでてくる。 逆に言えば、8ポンドラインでもバスが釣れるエリアを探せる能力があるとも言えるし、そういう場合はバスのサイズもよくトーナメントで勝てるパターンであるケースもある。 どちらだけが正しいとは言えないが、釣り方と考え方にバラエティがあり、楽しいことは間違いない。

伊達クルム公子選手に学ぶ。 (2010-5-26)

フレンチオープンが始まった。 日本の伊達公子選手は第1回戦目から、世界ランキング9位のロシアのサフィナ選手との戦いであった。 ESPNで流れていた二人の戦いを見ていたのだが、伊達選手の戦う姿勢と、勝った瞬間の笑顔を見て久しぶりに感動した。 サフィナ選手は24歳、そして伊達選手は一度リタイヤして38歳で復帰して現在39歳。 体格、体力的にも圧倒的な差があるにもかかわらず、諦めずにチャレンジした結果である。 映画’Seabiscuit’ の主人公とその競走馬の物語を見ている気がした。 やっぱり、人生立ち止まったらだめだ。 プロフェッショナルテニスの世界ではセカンドチャンスという言葉で表現されるかもしれないが、少なくとも彼女は一度きりの人生を突っ走っている。 ’Always Smile’ 彼女のブログタイトルであるが、まさに彼女にぴったりの言葉であると思った。

今日は朝から、 (2010-5-25)

アラバマ州バーミングハム市の釣りチャンネルからの依頼でラジオステーションの録音と続いてバスマスターマガジンの電話取材を受け大忙しです。 ファンの中の質問で多かったのが、’真夏のバスの探し方’と’フリックシェイクの使い方’とのことでした。 それにしても、フリックシェイクのブームはアメリカでもすごいですね。 何度もバスマスター誌を始め、各社の雑誌やインターネットに同じような記事が載っているのに、同じ質問の繰り返し。 ようはそれだけアメリカが広く、すべての人に広めるには、時間が掛かるという事。 その後はトラックのオイルチェンジ。 こんなこと業者に頼んだら良いのにとよく言われるのですが、トラックもボート同様、自分のオフィスであるため自分で確認しないとすまないのです。 というか、以前店に頼んでオイルパンのボルトをストリップされてリークしたことがあったためもあります。  アメリカ南部、最近は30度を越える日が続いて、もう夏です。 ガイドのダグはバスマスタークラシックが開かれたレイレイクで今日もガイドしています。 朝3時に起きて、明るくなる前にトップウォーターを楽しみ、日が上がったらフリックシェイクだそうです。 朝8時前には20本以上のキーパーを釣ったと電話レポートもありました。 お疲れ様です、ダグ。

チームジャパンからのメールが届きました。 (2010-5-25)

吉村さんと境さんから、2010年バスキャットインビテーショナルへの挑戦の感想文が届きました。  二人の熱い思いと楽しいハプニングが描かれています。 是非ご覧になってください。  http://www.kotaamericandream.com/japan/index.html

わずかな風が。。。。 (2010-5-24)

ジョージア州クラークスヒルのトーナメントが終わってアラバマに戻ってきた。  試合3日目は3本で4ポンド強のウェイトとかなり落としてしまった。  すべては風であった。 初日、二日目とそれほど吹いていないながらも、自分が釣っていたエリアにしっかりと当たり、いいサイズのバスに口を使わせる事ができた。 風の方向によりバスのフォローの仕方も変わる事もわかっていたのだが、3日目は無風。  昼までに5回ほどナイスサイズのバスをアタックさせる事ができたのだが、かかったのは一本。 しかも4ポンドぐらいのバスだったのだが、かかりが浅く、ジャンプされてルアーを飛ばされた。 そのほか4回はボイルが起こり、ルアーに当たるのだが、乗らなかった。  結局3本の小さいキーパーは最後にワームで釣ってウェイインした。  プラクティスで少しづつ見えてきたパターンだっただけに悔しい。 あの時こうできた、ああできた、という事は次回へのレッスンとして、前に進もう。  ちなみにルアーは半分自作のサブサーフェスジャークベイトであった。 これを、ちびバスが追いつけないスーパーハイスピードで引き、あるイラスティックな動きを出す事により、デカバスにスイッチを入れる釣り方である。 

予選通過。 (2010-5-22)

バスマスターエリート戦2日が終わり、9位で3日目へ出発することができた。 それにしても、数が釣れない為にとても厳しい状況である。 ワームや、他のソフトプラスチックでは小さいバスしか釣れない中、プラクティス2日目に見つけたある釣り方で通している。 このパターンを遣り通せればいいところにいけるかもしれない。 後は、自分との戦いだ。 

動画アップロード! (2010-5-18)

英語版のニンジャタックルボックスのムービーページで動画アップしました。 アンモナイトシャッドきてます。 リトリーブスピードがキーです。 www.ninjatacklebox.com

ドライブ、そしてドライブ。 (2010-5-16)

昨日はチームジャパンと別れて、9時間ドライブしてアラバマに戻ってきた。 そして、今週始まるエリートシリーズのためにタックルを入れ替えて、ジョージア州のクラークズヒル湖へ約6時間ドライブで移動した。 あまりにもの忙しさに忘れ物を心配しているが、なんとか今週の大会を切り抜けたい。  これまで、色々なシチュエーションでテストしてきた、フロッグがほとんど完成してきた。 自分が求めてきた音が簡単にきれいにでるようになったのでうれしい。 形がフロッグであっても、シャッドが水面で追い掛け回されて、跳ねているサウンドは他にはないし、簡単にはだせない。 フィーディングしてもしていなくても、バスを呼び込むパワーはすごい。 ベストマッチングタックルはシマノファーレンハイトPV172MHとメタ二ウムMGDCにブレイド40-50ポンドラインである。 クリアでオープンウォーターであればナイロンでもOKだ。 7フィート2インチのロングリーチとDCの組み合わせでスーパーロングキャストが可能となり、広範囲をすばやく探れる。 そして、遠くでバイトさせても、ソフトティップなので、しっかりとバスが乗った事を確認できて、強烈なバットパワーでフッキングできる、シングルフックムービングルアーには最適のロッドである。  明日から始まるエリートシリーズのクラークスヒル湖はスポーニングも終わって、えさを追っているかもしれないので楽しみである。 

バスキャットインビテーショナル最終日 (2010-5-14)

今日は一時大風、大雨で大変な状況であった。 しかし、チームジャパンは諦めずに戦い、初日のウェイトを上回る3本で7.10ポンドをウェイイン! 昨日よりアベレージもよく、ナイスフィッシュをウェイイン。 キーとなったのは、スイムベイトであったという。 フィネスリグだと、数はでるが、15インチ(約38cm)というキーパーサイズをとる事が難しいための選択だっとのこと。 そして、チーム西。 地元のジョッシュと組んでのスタートでアメリカンバスフィッシングを楽しみ、トップウォーターで3ポンドオーバーのキーパーをキャッチ!  やはり、数は釣れたのだが、15インチのキーパーサイズを釣るのに苦労して、最終的な答えはザラスプークタイプのルアーを投げ通しての一本!  ウェイイン終了後、バスマスターエリートプロのビリーと写真を一枚。 会長のロンとジャンも参加しての楽しいイベントとなった。 70歳をとっくに越えているのに、二人のバイタリティーはすごい。 最近は、大学のクラスを受け、これからの新しい事にチャレンジするとのこと。 やはり、この二人のパイオニア精神で、バスキャットがスタートして、今も尚健在していることを改めて感じた。 近いうちに日本に行きたいとも話していた。  そして、最後にバスキャット社長リックピアース氏に挨拶をして、ホテルに戻った。  堺さん、吉村さん、西さん、長かったようであっという間だった1週間、お疲れ様でした。  二人はまた戻ってくる事を誓って、レイクノーフォークを去った。